最近、やっと遺品整理をする心境になった

6年だ・・・捨てられる心境になるまで6年かかった

「もう両親は、この世にいないのだからサッサと2人の物は捨ててしまえばいい・・・」

母が亡くなった年の2012年頃は、そう思っていた。しかし、1年、2年と時は過ぎても2人の遺品整理は一向に捗らない。やはり、すぐに全ての遺品を捨てられる程、割り切れなかった。そして、振り返ってみると、あっという間に6年が過ぎていた。

今年に入り、父と母の服や靴をようやく捨てられる心境になったので、少しだけ残して後は全て処分することにした。(母の着物の処分は、どうしようか迷っている)

片づけをする人間は、僕1人。

粗大ゴミなどは最終的に業者さんにお願いをする予定だが、まだその段階ではないのが現状。6年前に1度だけ不要な物を車に積めるだけ積んで僕が住んでいる地域のゴミ処理施設へ直接持ち込みをしてきた。あとは本当に少しずつ気が向いた時にだけゴミの収集日に出してきたが、家の中がスッキリする程の量ではなかった。


雑誌の片づけ特集ページを読んでから片づけスイッチが少し入った

正直、最近まで遺品整理をするのが面倒くさくなってしまっていたのだ。それと、僕の遺品整理に対する考え方も間違っていたと思う。父がいなくなった部屋に「とりあえず不要な物はココに集めておいて後で、まとめてゴミ処理施設へ持っていけばいいか・・・」と安易に考えていたのだ。

「後でまとめて出す!!」という考え方が間違っていた。

「今度とオバケは出たためしがない」とは、よく言ったもので6年経過しても、父の部屋に集めた不要物は最近まで増えることはあっても、減ることはなかった。

今年に入って遺品整理のやる気のきっかけとなった雑誌名は女性誌の「日経Woman」。2018年5月号の「頑張らない片づけルール」という特集の中で更に「モノが確実に減っていく!1日1個捨て習慣」という記事が4ページに渡って書いてあった。


日経ウーマン2018年5月号表紙

「1日1個以上モノを簡単に手放すコツ」として6つの事例を挙げていたりして、読んだ時は「なるほど1日1個なら捨てられそうだな・・・」と軽く流していたが、後日ふと不要なものを1個捨てたら1個から2個、2個から3個と止まらなくなってしまい、結局その日はプチ片づけをしてしまう事になった。

そんな「1日1個何かを捨てる」という事をやっていると、自然と「えーい、これも捨ててしまえ〜」という気持ちになり、今まで捨てることに躊躇していた遺品も捨てることが出来た。

過去にも片づけに関する書籍を2冊読んでみたり、日経ウーマンでも定期的に片づけの特集をしているので、その度に片づけをしてきたが長続きはしなかった。でも、今回「1日1個でもいいから捨ててみる」という考え方を日経ウーマンから学んだお陰で、少し気が楽になった。


まとめてゴミを出しにいく事に失敗した次の策

「朝、8時までにゴミ集積所に出さなければいけない・・・」これが現在、僕の地域のゴミ出しのルールの1つだ。可燃物の日は週に2回あるが、その他のゴミは月に1回の周期でしか収集されない。

父と母の遺品のひとつに服類(古着)がある。そして、服類を処分しようとした場合、月に1度の収集日を逃すと翌月まで出す事が出来ない。つまり、年に12回しか服類を出すチャンスがないのだ。繰り返しになるが6年前に「月に1度の取集日なんてイチイチ覚えてられないから、まとめて出しに行こう」と思ってしまったのが、失敗だったのだ。

まとめてゴミ処理施設に持っていけばいいのに、ついつい「どうせ直接持ち込に行くなら、あれもこれも・・・」とか「車に積み込むのが面倒くさいなぁ」と僕の面倒くさがり屋の性格がいう事を聞いてくれない。

ならば、「ゴミの収集日をフル活用しようではないか!!」と当たり前の事に気がついたのである。可燃物以外は年に12回しかゴミを収集してくれないが、逆に年間に12回、遺品をゴミ収集日に出す事ができれば現時点よりも確実に遺品は減っていく。

我ながら情けないが結局、辿り着いた現在の遺品整理の策は「地域の収集日を100%活用する」という基本に戻っただけだった。


まだまだ先は長いし、捨てられないものもある

両親のどちらか1人が片づけ好きで、物を増やすのを嫌っていたら僕の遺品整理はもう少し楽だったかもしれないが、父は元来、日曜大工が得意で工具やら部品やらを沢山買ってきてはストックをしてしまう習性があった。

同じ工具がいくつもあって「こんなに何本も同じドライバーいらないだろ(怒)もーーーなんでマイナスドライバーが5本も6本もあるんだよ」と、遺品整理をしていて、もうこの世にいない父に文句をいう。

母は旅行先のホテルのノベルティグッズを持って帰ってきてしまう性格。そして、もったいなくて物を捨てられないタイプであったと思う。物を大事にするのは僕も大賛成なのだが、使わないのに捨てないというのは、やめてほしかった。

そんな両親だったので、まだまだ沢山の遺品が残っている。そして、遺品整理をしていて捨てられないものは、どうしてもある。思い出深い遺品を捨てるのに、まだ躊躇してしまうが、心を鬼にして泣きながらでも捨てないといけない。僕も50を目の前にして思うのだが、元気に動けるうちに片づけておかないと、子供にその皺寄せがいってしまう。

だから「ごめん、これ捨てるよ」と言って捨てる。まだまだ先は長いが遺品整理は兄弟3人の中で両親に1番心配をかけた僕の贖罪だ。それと両親の供養だと思って僕1人で片づけをしていこうと決めたのは6年前。まさか、当時こんなに遺品整理が捗らないとは思いもしなかった。


行政に対する愚痴

もっとシンプルにゴミを出せるようにしてほしい

可燃物の日・不燃物の日・ガラスの日・古紙、古布の日・金属の日・ペットボトルの日・スプレー缶、飲料缶の日etc。

あーーーーー面倒くさい。

若い頃に雑誌だったかラジオだったか忘れてしまったが、欧米人が日本に住むようになって、日本のゴミの出し方について「ゴミに燃えるゴミも燃えないゴミもない。ゴミはゴミでしょ!!」と文句を言っていたのを思い出す。

日本人でもゴミの出し方に迷うのだから、外国人からしたら日本のゴミの出し方は、細かすぎてワケが解らないのではないか?と思う。

少し愚痴になってしまったが、ゴミを出すときに「これは可燃の日に出すの?それとも不燃の日に出すの?」と迷うことがある。例を出すとプラスチック製の洗濯バサミは、9割は燃えるが、バネの部分は金属なので「金属部分は外して出さないとダメなのか?*1」と迷う。


洗濯バサミの画像

これは極端な例だが、ゴミの分別というのはゴミを出す上で思考を停止させる原因にもなる。

結果「このゴミは、あとにしよう」 ヘ(゚∀゚*)ノワーイワーイ と前向きな問題繰り上げとなり、いつまで経っても処分されない状態のまま家の中に居座ることになるのだ。

行政にはゴミ出しのマニュアルなどイチイチ確認をしなくても、ゴミを出すのに迷う必要がないくらいシンプルにしてほしいものである。


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