本を捨てないでくれて、ありがとう

本を捨てないでくれた両親に感謝

約25年振りに若い頃に買って読んだ本に目を通すことになった。きっかけは、我が子の夏休みの課題図書である「夏目漱石の『こころ』」だ。


夏目漱石の「こころ」

テーブルの上に我が子が図書館から借りてきたであろう、漱石の本を見て僕は「えーーー 漱石の『こころ』を読んでいるの?」と、たぶん僕も若い時に読んだ記憶があって、我が子にそう聞いてみると「そうそう、学校の宿題!!」という答えが返ってきた。

この時は「確か俺も昔に読んだような・・・」と記憶が曖昧だったけれど、その日の夜に何となく僕が10代後半から20代前半に買っていた本が保管してある本棚を見てみると「夏目漱石の『こころ』」を見つけることができた。

『こころ』を読んだ当時もそうだったけれど、昔の人が書いた本は用いている言葉も時代背景も現代と少し違うので読みづらいし、想像しても今一つピンとこないから、「おそらく、もう読むことはないだろうな〜」と思っていたが、父なのか母なのか今となっては確認のしようが無いけれど、よく捨てずにおいてくれたものだと両親に感謝した。

というのも、我が子が漱石を読んでいて、僕の手元にも同じ本があるのであれば、これは本が「もう一度、読んで!!」と囁いているのかもしれないと思ったからだ。それに我が子と同じ本を共有する事で2人の間で日常以外の会話が生まれるかもしれないし、僕も漱石の本を再読する良いキッカケにもなる。

そんな訳で約25年間という時間の流れが僕の記憶から本の内容をキレイに消してくれていたので、初めて読む本と同じ感覚で読み進める事ができた。


やはり漱石の『こころ』は、手強かった

古書独特の黄色に変色した紙とホコリ臭い匂いは25年前の僕の記憶を少しだけ蘇らせたが、相変わらず頭の良すぎた夏目漱石の本は、45歳になった今でも読みづらい。

僕は元来、小説は一度読んだら再読はしないタイプなので、これを機に内容を忘れてしまっている他の25年間熟成された古書を読み返す事ができるかもしれないと期待をしてしまった。

でも、よくもまぁ〜捨てられてもおかしくない状況だったのに、捨てずに本棚に保管してくれておいたジイジかバアバにもう一度「ありがとう」と言いたい。


今回のことで学んだこと

お陰でひとつ勉強になった。

それは僕も「我が子が読んだ本は、本人の許可なく勝手に処分をしては、ならないという事」それと、改めて本の大切さを学ぶ事ができた。因みに我が子は『こころ』の文庫本を買ってきていて、部活へ向かう電車の中などのスキマ時間を使って読んでいるようだ。

この記事を書いている時は、まだ『こころ』を読了していないので、早く我が子が読んでいるあたりまで追いつきたいものだ。しかし、物語の後半に差し掛かっても見事なまでに内容を覚えていなかった。orz・・・


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